青池は本が読めない。

 

ボツ記事を3個ほど書きました。

やっと更新します、青池です。

 

数ヶ月前読書嫌いを治すためにツイッターやFBでオススメの本を教えてくれ、という投稿をしました。

で、何冊かオススメされたものを読んでみたり、あとは図書館行って本借りたりしたんですけどやっぱり向いてないっぽい。

 

本ってやっぱり時間効率悪いんですよね。

ジャンルにもよりますが目次読んだらわかった気になれる本っていっぱいあるじゃないですか。

心理描写がおおすぎて本筋のストーリー見えなくなる小説とかエッセイとかあるじゃないですか。

 

なんかやっぱり本って向いてないなって。

 

 

それゆえに今までなんとなく読書家の人のこと尊敬してたんだけど

尊敬するのやめました!

前置きが長くなりました、ここから本題です。

 

本を読む=賢人 なの?

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よくある風刺画。

本を読んでないとハリボテの世界にだまされちゃうよ、みたいな

てかこの画像切り取られてる一部で、本当は右にさらに本を積み重ねた人がいて、雲突き抜けて晴れ渡る空みてる人がいるんだけど

 

本を読んでるやつって大抵の場合読んでないやつのこと下に見ませんか(偏見

本を読んでる皆さん、ちゃんと画像みたいに上に積み重ねれてる自信あります?

地面に散らかったりしてない?破れてビリビリとか、カバーが剥げてたりしてない??

てかそもそも上に積み重ねるって正しいのかな?だって必要になった時その本取りづらいよ?

 

何が言いたいかっていうと、本を読んでる人って本を読むことに重きを置きすぎているんじゃないかなって。

大事なのはそこに含まれている情報をどれだけ自分で得れたかなのに、本を読むという行動のみが論点にあげられる。

そして読む奴は読むという行動のみでマウントを取ってくる。

それっておかしくない?

 

 

次回、「オススメの本を教えて○れ!」

この時点で僕の中で読書家のスタートラインは

賢人から文字に目を通す人に成り下がったわけだ。

だがスタートラインが変わっただけで、ここから僕や本を読めない僕みたいな人は相手が賢人かどうかを見極める必要があるわけだ。

 

そこで思いついたのがこれ

「オススメの本を教えて売れ」である。

オススメの本を教えてくれを打ち間違えて今思いついたんだけどさ

 

その本を普段本を読まない僕に簡単に説明して僕の購買意欲を刺激してくれや、という話。

その本から得た内容を、本から培った構成力・語彙力・ストーリー性、すべて活かしていただいて僕にプレゼンしてもらう。

これでいこう。

最悪本読まなくてもその知識俺が得れるし、相手は知識ひけらかしてマウント取れるしでwinwinやん。

 

 

青池は何でマウントを取ろうか

ここまで読書家をなんとか文字いっぱい読める人まで引きずり下ろし、トントンの状態から、知識ひけらかすターンを相手に譲ってしまった青池。

知識ひけらかしターンがこちらに回ってきたのに返さない手はありません。

 

1つめに考えられるのはインタビュー記事で得た知識。

僕本が嫌いなだけで文字読むのはちゃんとできてる。(と思ってる)

インタビューの対象に偏りはあれど、まあまあ情報を得ようとはしているんじゃなかろうか

 

2つめは動画かな

本を読むことで記憶の追体験をできるという点についてはここで戦えるだろう。

想像力という点では劣るもののイメージの共有という点では勝るはずだ。

 

最後に3つ目、ブログというかアウトプットを少なからずしているという点にしておこう。

さっきの「オススメの本を教えて売れ」にも繋がるが、僕結構アウトプットすることが重要だなって思ってます。

読んだ気に、見た気に、学んだ気に、考えた気にならないためにもこう書くことは多分必要。

だから僕が映画見てくる!とかイベント見てくる!とかツイッターに書いたのに、ブログで更新ないときは、

あ、こいつ適当に見てきたな

と思ってください。

(まあこの前のアウトレイジの感想はディープすぎる話になったのでやめたんだけどね)

 

 

 

こんな感じで終わります。

結構会話のマウント取られたいタイプなので、自分のやってること思ってることを語りたい人引き摺り込みたい人なんかいたら一緒に飲みましょう。

 

かしこ